都会では、「プロA級」のレッスンは、
「必死に上を目指す生徒」で溢れかえっているんじゃないかと、予想している。
石川県は違う!
20年前から、石川県で
「カルチャーセンター」も「プロA級」
「公民館サークル」も「プロA級」
「老人会・つるかめダンス」も「プロA級」
「プロA級」は「ダンスの総合商社」
タダ同然で公民館を借りて、1回1000円の会費集めれば
誰でも好きな「プロA級」を呼ぶことが出来る。
個人レッスンより単価がいいので、プロA級は来る。
当然「公民館サークル」同士で、競争があって
「プロA級」を講師に据えれば、人が増えるから
猫も杓子も、「プロA級」ってことになってくる。
「プロA級」と「公民館サークル」
難しい言葉でいうと「Win・Winの関係」
プロ教師と公民館サークルで
「運命共同体」みたいなのが、出来上がる。
たくさん、公民館サークルを持ってるプロ教師は
地域全体から「格上の教師」として尊敬され
そうでない教師は、実力の無い「クソ教師」とみなされる。
ほんとうの実力なんて、くそ食らえ。
あくまで、「プロ教師」の評価を決めるのは
「公民館ダンス」の人たちだからね。
こういうの、頭の中で「ドラマ化」すると、
すごく偏った「面白い世界」が描ける。
偏ってるから、面白い。
歪んでいるから、面白い。
良くも悪くも、20年前の石川県は、そんな世界。
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公民館サークルの人たちってのは、
「仲間意識」が強く「平等意識」も強く、
他の公民館サークルとは、「ライバル」関係。
だからこそ、お気に入りの「A級プロ」を誘い込み、
「A級プロと、その仲間たち」という関係を形成する。
当然の如く、他のサークルとの交流など、
そんなものは、求めない。
すべてのダンス・すべての人間関係は、
「公民館サークル」の内部で完結する。
結果的に、何が起きるか?
「A級プロ教師」同士の縄張り争いになり、
自分は、どのA級プロにぶら下がるか?
そういうところから、
一人一人の、社交ダンス生活がスタートする。
A級プロは、公民館サークルをステータスとし
多くのダンス愛好家は、「自分が、A級プロに習っている」ことをステータスとする。
そんな「公民館サークル」の概念が、
「社交ダンス」の大前提になるため、
それを超える「交流」は生まれない。
教室同士の壁は、ベルリンの壁より高くなる。
すべての社交ダンスの世界は、
「公民館ダンス」で始り「公民館ダンスで終わる」
いろんな人が、交流するばしょ、
「ダンスホール」ってのがあるだろ?
あれは、どうなんだ???
ダンスホールは、交流の場所、
いろんな教室の人が、集る場所...
と思われがちだけど、全然違う。
めぼしい女性(初心者)がいたら、
教室のスカウト部隊が、女性を引き抜く。
男性は、二度と来れないように叩き出す。
そういう「勧誘行為」に対して、
明らかに「プロA級」の教師が絡んでるであろうことは
容易に想像が付くわけだが。。。。
タチが悪いけど、愚痴をいっても始らない。
「弱いヤツは消えろ」と言われるだけ。
これを専門用語で「弱肉強食!」という。
石川県の「プロA級」の縄張り争いと、
「プロA級」が創り出した「閉鎖性」
さらに厄介なのは
「プロA級が教える、公民館ダンス」
こそが、
世界に誇れる「正しいダンス」だと
教え続けてきたことによる弊害
公民館ダンスで習った人は
「プロA級が教える、正しいダンス」
を取得した...と思い込む。
「プロA級が教える、公民館ダンス」
を習った人が、絶対的に正しくなり
「教室名を伏せて、個人レッスンを受けてる人」
を、平然と馬鹿にしたりする。
そんなに、石川県のプロA級が凄いなら
東京のラテンの、ハイ・アマチュアと
戦わせてみたら、面白い
...そんな気がする。
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