フリーの女性が極端に少ない状況は
「急激な衰退」をもたらす。
楽しみに来た男性が、まったく踊れずに、
椅子に座って、シャドーだけ、外を眺めて、
椅子に座って、シャドーして、外を眺めて
さみしそうに帰って行く。
会場のフロアーが「阿鼻叫喚」と化す。
ペアで着て踊人は、踊っていても楽しくない。
こんな状況を、多くの女性は「知らない」。
「女性が極端に少ない状況」を見ている女性は、
「女性が極端に少ない状況」に居合わせた女性だけであり
そのほかの、大多数の女性は、そんな状況を知らない。
現状、ダンスを楽しんでいる人たちからすれば、
多くのダンス愛好者は、現状においても
「それなりに、ダンスを楽しんでいる」
ように見えるかもしれない。
だけど現状「ダンスを楽しめない人」は一定数いる。
で、ここからが本題。
自分が、「踊れない」と思ったとき、
もしくは、「近い将来、踊れなくなる」と感じたとき
無意識に、こんな「深層心理」が働くはず。
「社交ダンスは楽しいけれど、深入りしないようにしよう」
「社交ダンスに深入りすると、苦しむことになる」
「社交ダンスに集中せず、ただぼ~っと、踊っていよう」
「人がいない衰退」「楽しくない阿鼻叫喚」を見た人は、
そんな「深層心理」が働くはず。
そして、実際に、踊らずに帰った人は、
「深層心理」どころか、「ダンスを踊りたい」という気持ちと
「ダンスから距離を置かなければならない」という気持ちの葛藤になる。
このあたりから、ドミノ倒し的な「衰退」が起きてくる。
「楽しくダンスを踊ってる人」は、これに気づかない。
人間、だれでも、「踊れなくなる時」がやってくる。
そして、踊れないときを自覚(予測)して、
「社交ダンスの終活活動」に、はいっていく。
高齢者の場合は、「地域の崩壊」よりも先に、
「自分の体力の限界」がきて、それが「終活」となる。
しかしながら、40~50歳代、60歳代前半は違う。
「地域の崩壊」を前提とした「ダンスの終活活動」になる。
近い将来、高い確率で起こりうる「地域の崩壊」を前提として
「社交ダンスの終活活動」と「社交ダンスの技術の向上」
この相反することを、同時に考えつつ、ものすごい葛藤の中でダンスを踊ろうとする。
そんな、メチャクチャことを、繰り返していれば、
どれほどネガティブな「深層心理」が働くか、想像すらできない。
「やる気」があればあるほど、「ものすごい、葛藤」が起きる。
そして、衰退していく。。。。
いったい、どれほどの程の人(特にダンスを教える側)が、
こういう実態の「危険性」を理解するだろうか?
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